2012年7月29日日曜日

あん時のは猪木

 ギーロッポンで働いていると、結構有名人に遭遇するんだけど、この前は新宿駅で隣りにいた男性がテレビで見た事あるあの人だ〜!
ってなって、知人に
「春一番見た〜」ってメールしたわけね。
実家に帰って、弟に春一番って大きいんだね!って言ってたら
え?それ「アントキの猪木じゃねえ?」ってなって、画像検索してみたら
確かにこの人ではなく




  この人だったのね。アントキの猪木さん。  


それだけの話なんだけどね〜。 


 
余ったひじきの煮物をぶちこんで、つくね、つくねっぽいものを作りました。

2012年7月25日水曜日

師匠

所謂、彼ママが上京。

華奢な身体でエネルギッシュに東京を動き回っておられ、

東京が好きになってきたわ〜と、東京がお気に召したようで、

通勤ラッシュってやつを体感しちゃったわ!と言いながら、そんな朝早くどこに?と思いきやスーパー歌舞伎の当日券に並んでおられ、

当日券をゲットされ、

お買い物に奔走され、

ほな、さいなら!とばかりに昨夜帰っていかれました。

数年前に資格の勉強をした際、朝4時に起きて勉強してた(昼は働き、主婦業もある)という話には、その場で土下座してしまうかと思った。

しかもその話を大笑いしながらしてた、60歳になっても80歳になっても、こうしてエネルギッシュに動いておられるのだろうと思った。

私もエネルギーには自信があったけど、完全にノックダウンでありました。





2012年7月20日金曜日

OZEKI girl


井の頭に住んで、嬉しいこと。それはオオゼキがあること。わりとこの辺の、地域密着型のスーパー。鮮度良好。お魚も気軽に「さばいてください」と言える。だから3枚おろしとか、私はできない。だって「台所が汚れるからって敬遠しないでくださ〜い」って声かけてくれるんだもの。おっちゃんが。コドモの頃、将来はアーケード商店街のある街で、お魚はお魚屋さんで、豆腐は豆腐屋さんで…っていう生活がしたかった私にとって、それに似た気持ちになれるスーパー。そんな素朴感あふれるスーパーは、最近改装され、オオゼキからOZEKIになりました。かっこうぃーうぃー。

 

LadyBorden、このカップ1個600円以上するのに。今日2個で500円だった。オオゼキに感謝だわ♪足立区にある丸上食品さんの本手作りジャンボ餃子も、おっちゃんが店頭で焼いてるから買うてもうたわ〜。家で焼いてみたけど、具だくさんでおいしかったわ〜。

今まであなどってた、BSのDlife,色んな海外ドラマとかやってるよね。音声を英語にしたら勉強にもなるなって思った。でも、つけたら『性犯罪捜査官』とかいうのやっててサッパリ言葉がわからない。とりあえず字幕オン。


    字幕ココ!?ココに出ちゃうんだ!!
しかも、ロリコンさんたちはまずアニメや映画からとっかかるんだ!!って思った瞬間の画像。

2012年7月17日火曜日

NUKEな夏

あーつーぃー。
このマンションは東側に大きな窓があるから、朝起きた時に倒れそうになる。今日も夕方から仕事だから、午前中はとなりの図書室で涼みつつ。午後は東側が影になるからバルコニーを掃除して、野菜のあまりと白身魚の甘酢あん作った。副菜は夜中に煮た筑前煮。


太陽と気温という自然に調和しながら生き、断固として冷房はまだかけていない。
冷房に逃げる事は簡単だけど、一度逃げたらおしまいだ。たまに入ってくる涼しい風に感謝することもできなくなる。このご時世に非・エコになっちゃうし。私は原発反対です。NUKE!!

最近CHOYAさんが出している「とろける黒糖梅酒」ってのをよく飲むんだけど、今あまりの暑さにランチのお伴としてうっかり飲んでしまった。これから仕事だった。まあ大丈夫だと思うけど。食前酒程度。NUKE!!




これもうけたわー。とくに最後のひとつ屋根の下のくだり。



2012年7月14日土曜日

姫が亡くなって。


実家で飼ってた犬の姫が亡くなってしまいました。9月で18歳だったから大往生だけど悲しいです。最後は家族が看取ってくれました。家族のおかげで、姫はきれいに、安らかに眠ったようでした。私は間に合わなくて、帰ったらもう土の中でした。本当に申し訳ないことをしました。今は姫と過ごした思い出に浸ってはウルウルしています。電車とかでもウルウルしてしまうから、ちょっと困りものです。


   

母が帰りにメロンをくれました。熟れたキウイとバナナと今朝のフルーツです。
弟がYouTubeを見て大笑いしていました、私はこれをリアルタイムで見た記憶があります。





芸人は、俄然、関東芸人が好きです。とんねるずとか、おぎやはぎ、さま〜ずとか。

2012年7月11日水曜日

いい職場、オネエ気分。


職場の人がくれたクッキー。オーストラリアから帰って4月終わりからお世話なっているところです。ところでお誕生日いつ?と最近聞かれ、実は6月だったって言ったら…こんな可愛い心遣いありけり。しかも、イラストうまい人がいる。

 やっぱり、ここも愉快な人?が多くて楽しい職場です。ときどき、クリス松村さんかと思っちゃうオネエもいるけどね。それは私の行く先々には付きもののようなところもあります。いい職場にはオネエがいるものです。いいオネエがいるのです。




蟹クリームパスタ。



私はパスタが食べたかったのです。でも面倒臭いのは嫌なのです。だからスーパー簡単で、ハイパーおいしいソース紹介します。蟹缶使います。だから8分で出来ます。シリコンスチーマーにスライス玉葱小1個分入れて4分チン。取り出して以下の材料(2人分)をぶち込んで4分チン。それだけ。→蟹缶1缶、ケチャップ大さじ4、生クリーム100ccくらい、顆粒コンソメ小さじ1、醤油小さじ1、にんにく(私はきざみにんにくっていう瓶のやつ使ってるけどチューブでもいいと思う)を小さじ1くらい、バター10gくらい。
とにかく、ズボラレシピに関しては極めつつあります。






2012年7月8日日曜日

タマ、ふたつです!

 

七夕の夜☆
京はやしやのわらびもちをお土産にしてくれた我が彦星。
この前の煮込みハンバーグのタネを冷凍しておいたので作ったロールキャベツ。
でも。それにしてもタネが余ったので、そのまま丸めてスープに突っ込んだ。
わらびもちのお礼に、おまけのタマ、ふたつです!!★★え?タマ2つならもう持ってる?まあまあ、そうおっしゃらずに。


合い挽き肉がお得な時にまとめ買いして、ボールいっぱいタネを作っておく。まず、その日に煮込みハンバーグ(1回目)。ハンバーグは1つ冷凍しておいて数日後に卵と一緒にお弁当にオムバーグ丼(2回目)。タネも冷凍しておいてまた数日後ロールキャベツで(3回目)。何度使えるんだ!おい、何度使わせる気だ!
あ!気づいた。朝ご飯を食べた後にパソコンに向かうとトイレに行きたくなる。意外なところに便秘解消の糸を発見。

2012年7月3日火曜日

UENO ズー。

今日は、従姉妹とその娘と息子と、ついでにうちの母と、私の叔母と、つまり結構な大所帯で東京さんぽ。大丸でランチをした後、母は退散。
残りのメンバーで上野動物園に行きました。


この二人、可愛いわ。
従姉妹の娘は私の彼氏が大好きでして。ずーっとこんな感じだから、彼のほうもメロメロでして。ふたりで宜しくやっておられました。いっそのこと、もうこの二人、結婚でもしたらいいんじゃないかな。お嬢も「私が車買ってあげるね!」とか言ってたし。まさかの逆タマ。

帰って来た〜。お腹いっぱいだったからアクアパッツア作った。

すごい美味しかった。自分で言うのもなんだけど、すごい美味しかった。

2012年7月1日日曜日

太宰治「待つ」

短すぎる短編なので、そのまま載せます。
太宰治の「待つ」です。
少女は誰を待っているのか。神様とか色々解釈はあるけど。結局は読み手次第でいいと思う、今の私の感じ方だって10年後は変わるかもしれないし。だからこれ読んでどう感じる人がいるのか、色んな意見聞いてみたいね。【以下参照】。


省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。
 市場で買い物をして、その帰りには、かならず駅に立ち寄って駅の冷いベンチに腰をおろし、買い物籠を膝に乗せ、ぼんやり改札口を見ているのです。上り下りの電車がホームに到着するごとに、たくさんの人が電車の戸口から吐き出され、どやどや改札口にやって来て、一様に怒っているような顔をして、パスを出したり、切符を手渡したり、それから、そそくさと脇目も振らず歩いて、私の坐っているベンチの前を通り駅前の広場に出て、そうして思い思いの方向に散って行く。私は、ぼんやり坐っています。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。胸が、どきどきする。考えただけでも、背中に冷水をかけられたように、ぞっとして、息いきがつまる。けれども私は、やっぱり誰かを待っているのです。いったい私は、毎日ここに坐って、誰を待っているのでしょう。どんな人を? いいえ、私の待っているものは、人間でないかも知れない。私は、人間をきらいです。いいえ、こわいのです。人と顔を合せて、お変りありませんか、寒くなりました、などと言いたくもない挨拶を、いい加減に言っていると、なんだか、自分ほどの嘘つきが世界中にいないような苦しい気持になって、死にたくなります。そうしてまた、相手の人も、むやみに私を警戒して、当らずさわらずのお世辞やら、もったいぶった嘘の感想などを述べて、私はそれを聞いて、相手の人のけちな用心深さが悲しく、いよいよ世の中がいやでいやでたまらなくなります。世の中の人というものは、お互い、こわばった挨拶をして、用心して、そうしてお互いに疲れて、一生を送るものなのでしょうか。私は、人に逢うのが、いやなのです。だから私は、よほどの事でもない限り、私のほうからお友達の所へ遊びに行く事などは致しませんでした。家にいて、母と二人きりで黙って縫物をしていると、一ばん楽らくな気持でした。けれども、いよいよ大戦争がはじまって、周囲がひどく緊張してまいりましてからは、私だけが家で毎日ぼんやりしているのが大変わるい事のような気がして来て、何だか不安で、ちっとも落ちつかなくなりました。身を粉にして働いて、直接に、お役に立ちたい気持なのです。私は、私の今までの生活に、自信を失ってしまったのです。
 家に黙って坐って居られない思いで、けれども、外に出てみたところで、私には行くところが、どこにもありません。買い物をして、その帰りには、駅に立ち寄って、ぼんやり駅の冷いベンチに腰かけているのです。どなたか、ひょいと現われたら! という期待と、ああ、現われたら困る、どうしようという恐怖と、でも現われた時には仕方が無い、その人に私のいのちを差し上げよう、私の運がその時きまってしまうのだというような、あきらめに似た覚悟と、その他さまざまのけしからぬ空想などが、異様にからみ合って、胸が一ぱいになり窒息するほどくるしくなります。生きているのか、死んでいるのか、わからぬような、白昼の夢を見ているような、なんだか頼りない気持になって、駅前の、人の往来の有様も、望遠鏡を逆に覗いたみたいに、小さく遠く思われて、世界がシンとなってしまうのです。ああ、私はいったい、何を待っているのでしょう。ひょっとしたら、私は大変みだらな女なのかも知れない。大戦争がはじまって、何だか不安で、身を粉にして働いて、お役に立ちたいというのは嘘で、本当は、そんな立派そうな口実を設けて、自身の軽はずみな空想を実現しようと、何かしら、よい機会をねらっているのかも知れない。ここに、こうして坐って、ぼんやりした顔をしているけれども、胸の中では、不埒ふらちな計画がちろちろ燃えているような気もする。
 いったい、私は、誰を待っているのだろう。はっきりした形のものは何もない。ただ、もやもやしている。けれども、私は待っている。大戦争がはじまってからは、毎日、毎日、お買い物の帰りには駅に立ち寄り、この冷いベンチに腰をかけて、待っている。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。私の待っているのは、あなたでない。それではいったい、私は誰を待っているのだろう。旦那さま。ちがう。恋人。ちがいます。お友達。いやだ。お金。まさか。亡霊。おお、いやだ。
 もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。たとえば、春のようなもの。いや、ちがう。青葉。五月。麦畑を流れる清水。やっぱり、ちがう。ああ、けれども私は待っているのです。胸を躍おどらせて待っているのだ。眼の前を、ぞろぞろ人が通って行く。あれでもない、これでもない。私は買い物籠をかかえて、こまかく震えながら一心に一心に待っているのだ。私を忘れないで下さいませ。毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、むなしく家へ帰って来る二十はたちの娘を笑わずに、どうか覚えて置いて下さいませ。その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。